keitimのぼや記

日々ぼやきます

登山家 栗城史多さんの訃報を受けて

栗城さんの訃報。ショックでした。

 

栗城さんは僕のような登山をよく知らん人にわかりやすく挑戦することや、エベレストという山の魅力をわかりやすく教えてくれましたね。

 

僕は栗城さんの細かい情報はしらなかったので、夢を追いかけて何度でも挑戦する栗城さんってすげーと思ってました。

 

とはいえ、これは栗城さんの本で得たものです。一方的な情報です。

 

同時になんで何回も挑戦してんのに、登れてないんだろうと不思議でした。

 

難しいのはわかりますが、他の方は結構登ってますよね?

 

だから

相当エベレストに嫌われてる?

登れるのにあえて登らない理由でもある?

服部文祥さんや登山に関わる人たちからいろいろ言われたけどなんでなんやろう?と、

いろいろと思う所はありました。

 

それで今回の訃報を聞いていろいろと知ったんですが、通常のコースじゃなくて難度Sクラスの挑戦をしてたみたいですね。

 

そりゃ登れんぞと。

 

無理する無茶するとかじゃなくて、そもそもが無謀だったのでしょう。

 

エベレストという山はそれほど引力がある山なのでしょう。

 

僕はネパールのポカラからさらに山に入ったサランコットという村でアンナプルナという山を見たことありますが、めちゃくちゃ感動しました。山に惹かれるのもわからなくはない。

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あんなところに人が行くなんて想像外の世界です。そこを目指すだけですごすぎるレベル。

 

今回の件で僕が思ったのは、

周りの反応が様々だったこと。

 

ショックだ残念だという反応、

そりゃそうなるよ当たり前だよという反応。

 

栗城さんが発信した情報のみを受け取った方と
その周りの彼の裏を知る方が発信した情報を知ってる方の反応が大きく違う。

 

正直言うと、植村直己さんのクラスの方がもしそうなったら残念がる反応が断トツに多かったと思う。

 

栗城さんのやってきたことを否定するつもりはありません。

 

ただ、僕にはそれが栗城さんが生きてる間にしてきたことの結果なような気がしてならない。

 

栗城さんはストイックな業界関係者からしたら甘かったかもしれんけど、僕らからすればちゃんと土俵に立ってたし、与えた影響力は素晴らしいと思う。指を失ってもやる気持ち、とても影響を受けました。

 

逝く直前はどんな気持ちだったんだろうと思うと心がキュッとなりますね。

 

非常に残念ですがエベレストで死ねるなら彼にとって本望だったのかもしれません。

 

ここまでじゃないにしても、挑戦するということはリスキーなことでもあります。

 

挑戦するなら無鉄砲に走るだけじゃなくて、腹くくってしっかりと駒の置き方も考えないとですね。

 

周りがなんといおうが好きなもんに打ち込める人生って最高ですよね栗城さん。

 

ばんばんやったろう!人生散らかしろう!

 

僕が栗城さんの訃報を知り、ショックを受けて得たのは、自分を生きることでした。

 

それにしても登山家たちが命までも賭けたくなる山の魅力ってこわいな。山はただそこにあるだけなのにね。そんな人間、美しすぎる。

 

今日はこのへんで。